素敵俳優

アントニオ・バンデラスは「スペインのメル・ギブソン」として我国に紹介され、そして今なお、そのキャッチフレーズが取れないでいる男優です。
しかし、「香港の黒澤明」ことキン・フーが、映画監督という肩書以外にクロサワと共通するものがないように、バンデラスvs.メル・ギブソンにもまた、オトコである他には、これといった類似点は見つけにくいように思います。
このようなあやかり名称は、多くは無名の人間を世間に送り出す便法として考えつかれます。
こじつけられるか、あるいは、無責任な印象、「どこかメル・ギブソンに似てる!」とかいうのが通称になるとか・・・。
『バトン・ルージュ』(色仕掛けで女の金を狙い、偽装殺人する青年役/89年東京国際映画祭上映)を観ましたが、彼の最良の活躍はやはり、ペドロ・アルモドヴァル作品でのものでしょう。
(アルモドヴァル作品以外でもう1つ、89年のスペイン映画祭で公開されたきりの『27時間』に言及できないのが残念)。
シニカルなアルモドヴァル作品の中で、彼は、愛の殉教者を振り当てられています(『アタメ』『欲望の法則』)。
この映画作家の伝える「愛」は、シニカル、アナーキーが衣をまとった分、逆に純化され、絶対性が強調されており、古風な純愛映画の様相さえ帯びているのです。
バンデラスはその、無謀な愛を純愛に押し上げる〈核〉の役回りを務め、まずまず成功しているといえるでしょう。
さて、バンデラスvs.メル、両者の共通項ですが、強いて探せば、「洗練されていない色気」が思い当ります。
つまり、土臭いということ。
どちらも、ひたすらアカぬけることを競う業界に長く棲息しながら、悪しき「洗練」の価値観から逃れ得たスターです。
