ところで、1913年は「癸丑の年」にあたるということは前にお話したとおりですが、このむずかしい「癸丑」という字には、漢字の音どおり「き、ちゅう」と読むほかに、「みずのと、うし」という読みかたがあります。
また、次の一九七四年の「甲寅」は、「こう、いん」のほかに「きのえ、とら」とも読みます。
六十干支は全部、このように二種類の読みかたがあるのです。
癸を「みずのと」と読んだり、甲を「きのえ」とよむ読み方は、じつは中国の五元素(五行)説の考えをもとにしたものです。
癸の「みずのと」というのは「水の弟」、甲の「きのえ」というのは「木の兄」のことなのです。
昔の中国人たちは、十干十二支という年月日をあらわす記号にまで五元素(五行)説の考えをあてはめていたので、こういう読み方が生まれたのです。
昔の中国人は、十干十二支にどのようにして五元素説をあてはめたのでしょうか。
その考え方を少しお話することにしましょう。
そうすれば、科学以前の昔の人びとの考え方や迷信の生いたちなどもわかってくると思います。
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